KGS囲碁日記、 囲碁4コマなど
30年前後も昔に発行された囲碁の本を数冊ゲット。
これがどれも面白い!
まずはこちらから。

「逆転力」
(石田秀芳著 ・ 昭和49年発行)

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二十四世本因坊・石田秀芳、26歳の時の本である。

二十四世、若いっ!
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囲碁の指南書ではなく、
囲碁を通してみた人生論的内容となっている。

「一つの石は人生に似ている、といったらいいすぎだろうか。
生きているように見えて、そのすぐ裏には死が待っている。
とことん追いつめられたように見えて、活路は自然にある。」
(本文より)

この若き本因坊、26歳とは思えぬ程に
自身の囲碁観、人生観をはっきりと伝えている。

「碁を「道」と考え、「芸」と心得、
それを実践なさっている方がいる。
その方たちにとっては、文字どおり「碁は人生」であろう。
「苦あれば楽あり」「七転び八起き」
といった教訓が双方に相通じ、
それなりの重みをもって響いてくる。
しかし、ぼくはちがう。
いまのところ、とてもそんな心境にはなれぬ青二才である。
碁とは勝負そのものだと思っている。
勝つか負けるか、そのどちらかだ」
(本文より)

昔、将棋の強さには人生経験も生かされる
と考えられていた時代に、
「just a game」 (ただのゲームだ)
と言いきった羽生善治の感覚を先取りしているかのようだ。

ところで、この本に添えられているイラストが
かなり狂っているので少し紹介したい。
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続いてはこちら。

「碁敵が泣いて口惜しがる本」
(米長邦雄著 ・ 昭和60年発行)

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一昨年、他界された将棋の米長邦雄永世棋聖による囲碁の本。
この人がこんなに碁が強かったのだとは知らなかった。
上達を目指す上での心構えから、技術的な事まで
読みどころ満載。
私事で恐縮だが、この本を読んだ辺りから
KGSの調子が妙に良く、なんと9連勝もしてしまった。
こうなると本の御利益があったとしか思えない。
まあ、私が9連勝したからといって、
泣いて口惜しがってくれる方がいるとは思えないのだが、
秘訣を独占しておくのもケチくさいのでかいつまんで言うと、

「厚く打て」
という事と
「手抜きは常に三番目以内の着手」
という事の2つだけである。
この矛盾しているかのように見える2つの教えの
着地点をどこに見出すか?
正解ではなくとも、常にその2つを意識し
自分なりの答えをだす事で
上達への道が開けるのではないだろうか?

しかしまた、こういう事を書くと
とたんに負けだすのがいつものパターンなのだが(^_^;)

最後にこちら。

「囲碁の世界」
(中山典之著 ・ 昭和61年発行)

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2010年に亡くなられたプロ棋士6段(当時は5段)による
タイトルどおり、囲碁についての歴史や海外事情、
プロ棋士生活の内幕からコンピュータープログラムまで
あらゆる角度から囲碁を俯瞰した一冊。

恥ずかしながら、私はこの本を読むまで
この先生の事を何ひとつ知らなかったが、
シチョウを追うとハートの形になるあれの作者と知って、
あーっ!となる。
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トーナメントプロとしては、本人の言うとおり
ランキング200位あたりとあまり振るわなかった先生のようだが、
文才に長け、著書も多く、
また海外普及に多大な尽力をつくされた方なのだと知る。
特にチェコでの普及の逸話が良かったので、
少し長くなるがここに引用する。

「郷に入っては郷に従えという格言もあるので、
私はなるべくその国の言語を学習し、用いることにしている。
特に、チェコスロヴァキアみたいな小さい国に入ったときは、
たとえあいさつだけでもチェコ語でやるとケタ違いに喜ばれる。
大国では、たとえばイギリスで英語を用い、ドイツでドイツ語を
用いてみても、それほど感謝されない。
先方は当然だという顔をしているし、ときにはヘタクソな英語
だなと顔をしかめられぬ限りでもなかろう。
チェコスロヴァキアは人口およそ千五百万。
公用語はチェコ語の外にスロヴァキア語があるから、
いよいよもって使う人は限られる。
まさか、一旅行者の中年日本人がチェコ語を話すとも
思えないから、相手はびっくり仰天するのである。
(中略)
「一目の差でしたか。実に残念でしたね」
と言いたいときは、
「イエデン、イエデン。シュコダ、シュコダ」
と情をこめて言う。
イエデンは数字の一であり、シュコダは惜しまれるとか、
残念とかいう語だそうな。
すると相手は、
「ジェクイ、ジェクイ(ありがとう、ありがとう)」
と堅く握手。 感謝感激、雨アラレという次第だ。
言葉ひとつでこんなに喜ばれるのだから、
ヘタクソでも何でも使わなけりゃ損である。
チェコ語では、お別れのあいさつは
「ナスフレダノウ」である。
チェコ人は几帳面すぎるくらいまじめな人が多く、
私が碁を終わって別れる時は、直立不動、
一列に並んで「ナスフレダノウ」と手を振る。
しかし、彼ら同士、あるいは夫婦、兄弟などの親しい間では、
「アホイ」というのもときに用いていた。
日本人の私としては、「阿呆い」みたいに聞えて、
ちょっと面白かったが、これは、「じゃあね」とか、
「あばよ」に当る、くだけた別れのあいさつであるらしい。
某日、私はその日の日程を終えて自動車に乗りこんだ。
十人ほどのチェコ人が一列に並んで私を見送る。
長い夏の陽も漸く西に傾き、十人の影が長い。
「ナスフレダノウ」(さようなら)
の声に送られて車はソロリソロリと動き出した。
私は十人の顔を次々に注目して手を振る。
一碁一会。
たった一日のおつきあいだった。
今度、またいつ会えるだろうか。
私はいささか感傷的になっていたが、発作的に
窓から身を乗り出して、臆面もなく、
「アホイ」
と叫んだ。
次の瞬間、一同は、ナカヤマが何を言ったのか分からず
シーンと静まり返ったが、さらに次の瞬間、
十人の顔がゆがんでドッと爆笑が起った。
連中、列を乱し、足を踏み鳴らし、こぶしをふり上げ、
口々にアホイ、アホイと怒鳴り出した。
彼らの姿は徐々に遠ざかり行く。
いつしか、彼らのアホイは、一つの合唱になった。
「アホーイ、アホーイ」
というその声は、ほとんど地平線の向うに
彼らが見えなくなるまで続いていた。
通訳が、ソッと目をこすった。
思えば、このときチェコスロヴァキアの囲碁人口は僅かに三百人。
二年後に三千人にしてくれたのは、実にこの人達、
チェコの友人たちだった。
私は、いつの日か、もう一度、
「ドブリーデン」(今日は)
と、かの国を訊ねたい。
今度は、僅か十日ばかりでなく、できれば二か月ほども……。」
(本文より)

どうでしたか?
私は情景を思い浮かべるだけで、
グッときてしまった。
あれから、中山先生がまたチェコに行かれたのかは
分からないが、こんな先生がいらしたのだと思うと
本当に嬉しくなってしまう。

さて、この三冊であるが、当然ながらすでに絶版である。
読もうと思えば、古書店で入手するか
国会図書館へでも行くしかない。
売れ筋の本ばかりでなく、こういった本こそ
電子書籍にすべきだと私は思うのだが
如何だろうか?
こんな名著が歴史に埋もれたまま忘れられてしまうのは、
あまりにももったいない事だと思うのだ。

(追記)全然関係無いけど、
 「温故知新」と「マンゴスチン」って
 ちょっと似てますね。
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【2014/10/11 11:17】 | 囲碁一般
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