KGS囲碁日記、 囲碁4コマなど
「あまちゃん・総集編」を見る。
ダイジェストなのだが十分面白かったし、
なにより能年玲奈がとてもかわいかったじぇじぇじぇ!
(使い方が間違ってるね(^_^;))

大体、若い時分から流行には疎く、まして
この歳(40代半ば)になってみれば尚更であり、
それ故、流行り物などはこうして巡回遅れで見る事になる。
「家政婦のミタ」の時もそうだったし、
「龍馬伝」は現在、再放送に大はまり中。
残念な事に、周囲とこの感動を分かち合いたいと思っても、
「あんた、今ごろ何言ってんの?」
的な反応をされるのが落ちであり、
やはりそれはちょっと悔しいのである。
「半沢直樹」もまた、世間のほとぼりが冷めたころ、
再放送で見る事になるのであろう。
倍返しだ!

すいません。ちょっと言ってみたかっただけです。

もちろん、世間の流行などには流されず、
「興味ないね」
と悠然と構えていられれば良いのだが、そうもいかぬ。
普段は囲碁などといういささか
浮世離れしたゲームを趣味とし、
「モバゲーばかり流行って、碁の面白さが分からぬとは、
 世間の目も節穴であることよ」
と何様?的態度で世間を斜に見ている割には、
世間の流行りの事などもそれなりに気になり、
興味の無い振りをしつつも、ついチラ見してしまうのである。

「あまちゃん」を見たのと同じころ、
「能」というものも初めて見る。
そう言えば、40年以上生きてきて
「能」ってまだ一度もまともに見た事無いよね。
と思いたち、テレビでやっていたのを見たのである。
…が、残念な事に
私にはさっぱりその良さが分からなかったのである。
よーーっ ポン!!
などと鼓の音に合わせて、演者がかくかくした動きをする
のを見ていると、意に反しておかしさがこみ上げて来て、
思わず吹き出してしまう。
「うわ、やべ。 生で観てなくて良かったよ…
絶対、笑ってヒンシュク買ってるわ、オレ」

と全くもって愚にもつかぬ感想を述べてしまう始末。

「能」が好きな方はお怒りだろうと思うが、
どうか許して欲しい。
悪いのはおそらく私の感性の方だ。
観阿弥、世阿弥のころから、人々に愛され、
何百年(!)も受け継がれてきたものを、
一見(しかもテレビで)しただけの私が、
「よく分からなかった」という理由で
切り捨てられるはずもない。

「伝統」と「ポップカルチャー」は対立するものではない。
時に、
「伝統」は「ポップカルチャー」の事を、
「浅い、軽い、内容がない」などと批判し、
「ポップカルチャー」は「伝統」の事を、
「古い、ダサい、分からない」などと批判し合う様な事も
あるかもしれないが、
両者が潰し合う事無く、多様性を保ちつつ
ここまで共存できているのは、
この国の豊かさであると思う。

「昭和元禄 落語心中」
(雲田はるこ 著 ・ 講談社)
は、最近読んだマンガの中では一押しの作品だが、
その中に、若い対称的な2人の落語家
助六と菊比古が語り合うシーンがある。
助六が言う。
「見ろ。戦争が終わって日本は何もかも変っちまった。
 なのに落語はひとつも変わらねぇんだ。
 この人気に甘えてむしろ変化を恐れてるよ。
 今はいいよ。けどなあ 長く人の娯楽であり続けるには
 それじゃダメなんだ。とにかく今、客にうける噺が
 してぇんだ。いつの時代も。
 それにはいつも客に合わせて
 俺がかわらなくちゃならねぇだろ」
しかし菊比古は
「そんななァおかしい。
 そんななァもう落語とは言わねぇだろ」
と否定する。
この後、二人がどういう運命をたどるかは
作品をお読みいただくとして、
私にはどちらの意見も正しい様な気がするのだ。

「助六」と「菊比古」
「テレビゲーム」と「囲碁」
「あまちゃん」と「能」

変わるもの、変わらないもの。
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【2013/10/23 17:22】 | 雑談
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