KGS囲碁日記、 囲碁4コマなど
囲碁は打つけど、将棋は指さない。
もう随分前に、ごきげん中飛車の本と詰将棋、
それと激指というソフトで1ヶ月ほど研鑽を積み、
意気揚々と「将棋倶楽部24」というサイトで
ネット将棋デビューを果たしたが、
10何級の相手にボコボコにされてしまった。
以来、指していない。

自分では指さないのだけど、しかし
将棋指しや将棋界には不思議と魅かれる。
またこんな本を買った。

「升田幸三の孤独」
(河口俊彦 著・マイナビ)


棋界の長老・河口老師が語る
升田幸三をはじめ、元真剣師の花村元司や
芹澤博文(アイアイゲームとかに出ていた)など
異能派棋士の列伝である。
これが面白い。
もうこのブログでも何度もぼやいているように、
河口老師の様な優れた語り部の不在は、
囲碁界において大いに不幸な事であると思う。

この本は、古き良き時代の将棋界の雰囲気を
現在に伝えてくれる。
酒を飲んで指したり、待ったをしたり、
八百長を持ちかけたりなどの
きわどい話も数多く暴露されているが、
棋界のみならず社会全体が、こうした不謹慎さに
まだ寛容であったのだと感じる。
この時代であれば、
「しょうがねぇなあ…おっさん」
で済まされていたものが、
現在では鬼の首を取った様に騒がれ、
マスコミやネットによって血祭りにあげられてしまう。

将棋の内容自体も、いわゆる羽生世代(ほぼ私と同世代)
の台頭によって大きく変わった。
それまでは、午前中はまだ肩慣らしといった塩梅で、
挨拶から始まり互いの近況報告など雑談にあけくれ、
午後、駒がぶつかってからが本当の勝負といった雰囲気が、
現在では定跡の研究が進み、それを怠れば一気に詰みまで
もっていかれるという序盤から一瞬たりとも気が抜けない
状況の中、もう誰も朝から無駄口を叩くものはいない。
(ばかりか、おはようの挨拶すらしないらしい)

さらに時代は流れゆく。
現在、電王戦において プロ棋士 vs コンピュータ
との5番勝負が進行中であるが、
先日も新進気鋭の船江恒平5段が
コンピュータソフト・ツツカナに敗れ、
プロ棋士側の1勝2敗。
これはもうコンピュータがプロ棋士に
まぐれで一発入れたというレベルではない。
コンピュータは着実にプロ棋士のレベルを凌駕しつつある。
もしこの後、A級8段の三浦弘行までもが
敗れる様な事があれば、コンピュータが
名人を打ち負かす日も近いだろう。

「コンピュータに負けるプロ棋士に
 何の存在価値があると言うのか?
 将来の名人戦はコンピュータ同士によって
 行われるべきである」
という意見がある一方、
「人間が車に走りで負けたからといって、
 陸上競技の価値が下がる訳ではない。
 コンピュータに負けたからといって、
 プロ棋士の価値が下がる訳ではない」
という意見もある。
どちらも正しい様な気もする一方、
前者の意見は、あまりにも寂し過ぎる気もするし、
後者の意見は、あまりにもコンピュータの存在を
無視し過ぎている様にも思える。

将棋の次は、今度は囲碁である。
遅かれ早かれプロ棋士がコンピュータに負ける日は
やがて来るであろう。
その時、棋界はどう変わっていくのだろうか?
これからその答えが出るのを見届けたいと思う。
時代の過渡期にめぐり合わせた幸運を喜びたい。

最後に、本から印象的なフレーズをひとつ。

「詩人について、百編の詩を書いて、
九十七編が水準以上で三編が駄作の人と、
九十七編が愚作だが、三編がとてつもない傑作な人との、
二通りのタイプがあるそうだ。
大山は典型的な前者で、だからあれほど勝てた。
反対に升田は後者で駄作も多いが、三編は大傑作である。
「棋譜は後世に残る」が升田お得意の台詞だったが、
望み通り、将棋がある限り、升田の名局は残るだろう。
升田の将棋を並べていると、俺のいい所だけ見てくれ、
の叫びが聞えてくる。」

コンピュータは、どんな詩を書くのだろうか?
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【2013/04/13 12:00】 | 雑談
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通りすがり改めst
以前少しだけコメントさせて頂いたことのある通りすがりです(武宮先生のことを書いた日記とウィザードリィに囲碁界将棋界を例えた日記などにコメントしました)。

通りすがりでは寂しいので、今後はstでコメントさせて頂きます!

電王戦はもうプロを多少なりとも越えている内容の将棋をコンピューターが指しているかも知れません。

それこそ中終盤に至っては疲れないトッププロと形容しても大丈夫かも知れませんねえ。

しかし升田先生のような、詩にも通ずるような魅せる将棋はやはり人間にしか出来ないと思います。

しかし残念なことに将棋ファンを6、7年続けている私には、升田将棋の凄さがまったく分からないんです(泣)

むしろ大山先生のような安定感に引かれてしまうというか…。

囲碁界で言えば升田先生って誰なんでしょうかね?

武宮先生は多分佐藤康光先生っぽい気がします。

そういえば佐藤先生はよく升田2世なんて言われますが、私的にはまったくタイプが違うと思うんです。

升田先生はゆっくりした完璧な将棋を志向していて、佐藤先生はまさに巨大な筆を豪腕で振るってまとめあげる将棋を指しているような感じがしますね。

何はともあれ今回もペイシューさんの締めの言葉にグッと来ました。

言葉の余韻がたまりませんねえ……

Re: タイトルなし
ペイシュー
stさん、こんにちは。
お久しぶりです^^

電王戦、塚田9段は引き分けでしたね。
さらに、ソフト製作者の発言が物議をかもしだしている
みたいで、また興味深いです。
最終戦はどうなるんだろう?

> 囲碁界で言えば升田先生って誰なんでしょうかね?

盤上最善手の追求や、なにより無頼な雰囲気から、
私には、藤沢秀行名誉棋聖が思い浮かびます。
大山先生はすご過ぎて、ちょっと囲碁界にも
匹敵する人が見当たらないような感じですね。

将棋ど素人の私が、こういう記事を書くのも
ちょっと恥ずかしかったんですが、
楽しんでいただけましたら嬉しいです。


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コメント
この記事へのコメント
以前少しだけコメントさせて頂いたことのある通りすがりです(武宮先生のことを書いた日記とウィザードリィに囲碁界将棋界を例えた日記などにコメントしました)。

通りすがりでは寂しいので、今後はstでコメントさせて頂きます!

電王戦はもうプロを多少なりとも越えている内容の将棋をコンピューターが指しているかも知れません。

それこそ中終盤に至っては疲れないトッププロと形容しても大丈夫かも知れませんねえ。

しかし升田先生のような、詩にも通ずるような魅せる将棋はやはり人間にしか出来ないと思います。

しかし残念なことに将棋ファンを6、7年続けている私には、升田将棋の凄さがまったく分からないんです(泣)

むしろ大山先生のような安定感に引かれてしまうというか…。

囲碁界で言えば升田先生って誰なんでしょうかね?

武宮先生は多分佐藤康光先生っぽい気がします。

そういえば佐藤先生はよく升田2世なんて言われますが、私的にはまったくタイプが違うと思うんです。

升田先生はゆっくりした完璧な将棋を志向していて、佐藤先生はまさに巨大な筆を豪腕で振るってまとめあげる将棋を指しているような感じがしますね。

何はともあれ今回もペイシューさんの締めの言葉にグッと来ました。

言葉の余韻がたまりませんねえ……
2013/04/19(Fri) 18:37 | URL  | 通りすがり改めst #CofySn7Q[ 編集]
Re: タイトルなし
stさん、こんにちは。
お久しぶりです^^

電王戦、塚田9段は引き分けでしたね。
さらに、ソフト製作者の発言が物議をかもしだしている
みたいで、また興味深いです。
最終戦はどうなるんだろう?

> 囲碁界で言えば升田先生って誰なんでしょうかね?

盤上最善手の追求や、なにより無頼な雰囲気から、
私には、藤沢秀行名誉棋聖が思い浮かびます。
大山先生はすご過ぎて、ちょっと囲碁界にも
匹敵する人が見当たらないような感じですね。

将棋ど素人の私が、こういう記事を書くのも
ちょっと恥ずかしかったんですが、
楽しんでいただけましたら嬉しいです。
2013/04/20(Sat) 12:30 | URL  | ペイシュー #-[ 編集]
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